No surrender

ファッションを愛している人はトレンドに屈服しない。何故ならそのゲームに参加することなく旨みだけを自分に取りいれていく、ずるいヤツだからだ。もし今夜が大事なディナーだとしてもジャージを着てファッションに対してのスピリットを通すだろう、隣を歩く彼女はベロアの太いピンク色のパンツを履いている可愛らしい女の子。両者ともにファッション人種なのだけれども同じではない。姿勢が少し違うという話だ。

しかし、そんな私の事を後ろから見て「彼にファッションでないという烙印を押されるのはむしろ褒め言葉」という人達もいるだろう。何故ならオシャレの定義は人それぞれであって、襟を抜き、おへそを見せて、編みタイツを履き、流行が大好きでそのゲームの中にいる事が悦びという人は、それを揶揄されることに酷く嫌悪感を抱くからだ。別にファッションの人種でなくていいと思うだろう。
けれども服を着る時に大事にしてほしいのは、何を想い着るかだ。

これを着たら気分が良くなって何処へでも行けそうになるからとかで良い。生活を豊かにしてくれて喜びを見つけれることの助けを洋服が担っているのであれば魅力的だ。ファッションのためのファッションはあまりにも諸刃で、流行の波に飲み込まれてしまうという事だけ覚えておいてほしい。声高に何度も言いたくなるが服を着こなすのはまず生きる姿勢からだ。スタイルとは何の関係もない。女性が服に対する欲求は男性よりも遥かに多く、時代によって全く違う。窮屈でなく素敵に演出しなくてはならない。

ファッションとは女性の社会に対して生き方の問題である。座ったり歩いたりプレゼンを仕切る際にも身体の動きに合わせてしっくりくる洋服でなければならない。服によって減点されるのではなく評価を上げなければならない。突然の雨にも髪や服を気にする事なく、天候の変化に慌てふためかないスタイル。男ウケやトレンドに媚びる事なく女性たちがそのようなスタイルを手に入れる事ができるようになれたらカッコイイと思う。女性たちが洋服をもっと自分なりのメッセージにできるよう私はファッションに人生をこれからも捧げたいと思う。

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