R. I . P 花束を贈るよ

愛とは何だろう。テーマが深すぎるためか、貴方にとって愛とは?と訊かれすぐに答えられなかった。少し難しく考えすぎたせいだろうか。人々は家族や恋人そして大事な何かを指さし安堵するかのよう愛と呼ぶ。私にとって愛とは、東京だ。

私は東京が嫌いだった。雑多な日々が煩かったのだ。偉そうに見下してくるビルにも腹立たしかった。私は豊島区大塚で産まれ、参宮橋にある保育園で過ごしたあと中野で育った、好きな場所だなって思った。東京いる感覚など無く、排気ガスと喧騒に囲まれていることや欲しい物が望めば手に入る恵まれた環境で育ったことを知らなかった。

それは突然だった。「東京の出身なの?すごい!都会っ子じゃん」 最初何を言っているのか分からなかった。私は神奈川の大学に通っていたため周りは神奈川出身の人達や他県から出てきてる人が多かったからだ。東京出身だからって別にすごくないよと言えなかった反面心の中に蔑視する闇が生まれた。そこで初めて気づいた、この街で生まれ育ったことはステータスだという勘違いをし始めた。煩かったのだ。東京で生まれた私が神奈川の田舎に通うんだ。うるさい。新宿は小さい頃から遊び場だったよ。うるさい。自尊心と自己顕示欲が心を蝕む。うるさいうるさいうるさい、東京が嫌いになった。

少し離れよう、20歳の頃大阪に行った。異世界の空気に酔いしれた。アスファルトは柔らかく何処までも歩いていけるような感覚。車窓から知らない町並みを眺めているだけで穏やかな気分になり心が洗われていくのが分かった。しばらくの間、大阪が私の全てでここにいればストレス溜まることなく過ごせるだろう。そんなことが頭を過ぎり、じんわりと満たしていった。

大阪での生活は、インターネットで知り合った男性の家に泊めてもらい過ごしていた。いっそこっちに引っ越してきたほうが楽しいのではないかと思うぐらい毎日が新しかった。こっちに来て半年、ただ日々を溶かしていたある日、用事があったので阪急電車に乗り宝塚へ向かった。電車に一人で乗っている人は大抵無表情でぼんやりとしている中自分も同じようぼんやりと車窓を眺めているときに、のっぺりと続くローサイドの風景を眺めてると急に心臓が浮くような切なさを感じた。喉で殺さないと今にもわんわんと泣いてしまうんじゃないかと思うぐらい望郷の念に駆られた。それは突然だった。「あぁ、もう帰ろう」そう思ったのだ。雑踏から逃げたいというのは東京から永遠に逃げ出したいわけではなく、ある期間身体や心を休めたかっただけということに気づいた。その夜、大阪でお世話になった人に明日帰ることを告げ自分で決断したくせにやたら泣けた。一生の別れみたく泣いた。美味しく感じないお酒を一緒になって飲んだら案の定全然美味しく無かったからまた泣けた。酒に逃げるなよ、酒にも棘はあるんだぜ。そう語りかけてくるようだった。

高速バスの窓から見える景色が木々から無味乾燥のビルに生え変わった時、帰ってきたんだと言いようの無い感情に満たされたのだ。私は紛れも無くこの街で生まれこの街に育った人間だと気づかされた。雲が重たく落ち着きの無い街に望郷の念を確かに感じる。地方の人達にとっては奇異な感じがするかもしれないが、カルキ臭い水やクモの巣のように張り巡らされた高速道路が私の故郷なのである。降り立つ。東京のアスファルトは固くて冷たい。別に帰ってこなくてもよかったんだと突き放す。しかしこの街を離れてから、ますます愛おしく感じた。逢瀬を重ねて東京で過ごしている日々愛しています。

日が沈みかけ、暮靄と共に私は街角へ消えていく。嫌いだった自分嫌いだった東京にさようなら。

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