刺青と聞いてどんな事を思い浮かべますか?恐いという感情や裏社会の文化等、様々な意見があるでしょう。ではタトゥーと聞いてどんな事を思い浮かべますか、又 どう違うのでしょう。刺青は悪い物でタトゥーはファッション感覚といったところでしょうか。2020年オリンピックが開催されて、タトゥーを入れた観光客が日本の文化を楽しみに数多く来日してくるでしょう、その時私達は頭ごなしに郷に従えと島国らしい文句で押さえつけていいのだろうか。今回、日本伝統としての刺青文化を紐解いていきたいと思います。
まず最初に刺青とタトゥーの違いからです。元々刺青は犯罪者の刻印として刑罰、タトゥーはイギリスで最初貴族しかできなかった行為なのでそれが一般化したときに皆がやりだして今では誰もが楽しめるファッションとなりましたが現在は身体に彫るといった行為から認識に違いがなくなっています。しかし刺青と聞くと裏社会の匂いを感じざるを得ません。それはアウトローとして一般社会から離脱する覚悟と、帰属する組への忠誠を表し、痛みを刻むことで不退転の決意や覚悟を示す紋章に意味が変わっていったからです。
反社会勢力の文化は室町期まで遡ります。その頃に娑婆羅(バサラ)という社会風潮を反映した流行語が産まれました。派手な服装で粋な振る舞いを好む美意識を持つ風流人。
その振る舞いから煙たがれる存在ではありましたが民衆の代弁者として立ち、皆が成し得なかったことをするといった事から、お上に逆らう事が〝かっこいい〟という概念が生まれます。そして鎌倉幕府が倒れたのは既存の支配体系に従わない楠木正成を代表とする悪党たちの新興勢力の活躍によるものだったと言われております。現代では傾奇者(かぶきもの)は悪者として扱われたことを忘れてしまうほど洗礼され、伝統芸能の歌舞伎として昇華しています。
そしてその男としてカッコいいヤツがしている肌に描いているものはなんだ?と皆が興味を持ち、江戸時代 身体に模様を彫る文化が芽生え始めます。武士を含め飛脚や火消し大工等、肌を露出することが多い仕事の場合入れているとカッコいい又は強く見えるといった意識が生まれます。当時刺青を入れている男を連れて歩くのは女性にとってもステータスになり、そこから遊女と客が愛情の印として「入れぼくろ」と言いワンポイントのものが流行し、粋とされました。しかし明治5年(1872)に裸で出歩くのと刺青を入れるのを禁止して非合法の存在となります。けれどもGHQの高官が強く文化継承を主張したため、解除されたと言われている。つまり日本の伝統は外国の事情によって翻弄されたのである。
このように反勢力社会の歴史の刻み方と刺青の刻み方は平行していると感じます。現代はアートとして独立し異質な文化である刺青。意味や配置を重んじ、何処に彫るかによって縁起を担ぎ、見せびらかさない静かなアート。その礼儀と沈黙が粋で奥深く、日本の神秘性をも感じさせる。「刺青という存在がお茶の間に入ってきたけども、恐怖感や暴力的な匂いのするヤクザの美学がないと魅力もない」と彫師3代目彫よしさんは語る。
刺青とはキャンバスに絵を描くといったワケではなく生身に彫るのだから、その人間がいてこそのアートである。彫刻のような静寂的で永続的な美術とは違い、人間と生き、死と共に滅びる。そこにこそ日本の”粋”が詰まっていると私は感じました。滅びるときの潔さ、死を持って刺青というアートは完成するのである。額縁に入れ綺麗に鑑賞する絵とは違い、人間が動くことによって絵の表情も変わり、立ち居振る舞いや態度や言動も作品の一部になり融合するのだ。まさに滅びの美学。どんなに美しくても美術館で保存出来るものではない。それを背負った人間と共に死んで行くのが運命なのである。
現在、刺青を入れる行為は自ら生きにくくするのと同じであり、昔のようにカッコいいからという理由では社会的偏見が許してくれない。しかしその芸術をその想いを継承している彼らこそ日本伝統の継承者であると言えよう、いわば歩く芸術作品なのだ。